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今は亡きマックのCPUアップグレードカードメーカーNewer Technology社。
店長猪川がそのNewer Technologyに勤務していたころの汗と涙の物語。

<前書き>感謝!Newerのおかげで今の猪川がいる

マックメムの店長猪川は過去に米国Newer Technology社(以後NewerとかN社と呼ぶ)というCPUアップグレードカードメーカーに勤務していた。勤務していたから言うわけではないが、Newerはマック専門に革新的な製品をリリースする会社として有名だった。また製品の品質やサポートも当時の競合他社より遙かに優れていた。なのでその会社の一員であったことは大変誇りに思っている。しかし残念なことにNewerは2000年の年末に倒産してしまった。

猪川は米国の大学を卒業した後に日本に戻り日本の会社で就職した。1989年のことである。日本はバブルの絶頂期で猫の手も借りたいぐらいの求人難。全くの売り手市場であった。日本のとある大手一流化学系メーカーがどこの馬の骨ともわからない猪川を2回の面接だけでSEとして雇ってしまったことでもそれを証明している。

しかし米国で仕事がしたいという夢を捨てきれずに1997年にNewerに飛び込んだ。猪川の米国での就職活動でNewerがマック関連のメーカーであることが後押ししたことは言うまでもない(後日このNewerに就職するまでの顛末も書いてみるつもりである)。

さて、Newerは私にとって最初の米国で勤務した会社となった。それまでの日本の会社勤務との大きな違いに戸惑い、そして多くのことを学んだ。米国とは何か、米国人とは何者か、Newerとは何か、マックとは何か、仕事とは何かなどなど。哲学的な内容ではあるが、哲学ぐらい考えないとやってられないほどのカルチャーショックのオン・パレードだったのである。

猪川が現在マックメムの店長としてこうして独立しているのは間違いなく、Newerでの経験があるからだ。しかしNewerにいた人々が素晴らしく、猪川が多くの影響を受け触発されたので独立心が湧いたのだ、と考えるのは全く検討違いである。Newerにはとても素晴らしい人々が多くいたことは間違いない。でも私の独立心はまったく逆の人々に養われた。Newerにいたとんでもない人々と一緒に仕事をしないためには独立するしかない、またはこんな人たちが社会でやっていけるなら猪川ならもっとやっていけるはずだ、というマイナス面からの脱出的な指向が働いた結果、独立に至ったと思っている。

Newerは良いところでもあったし、悪いところでもあった。そのことを読んでいる方と共有できたらと思う。

なお、ここにある事は米国の一つの中小企業にわずか3年の勤務の経験だけを元に、猪川の偏った主観で書かれたものである。なので、そこらへんは割り引いて読んで頂きたい。


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