東北の人々は世界で一番優しい人達に違いない。

東日本大震災からちょうど2年

東日本大震災からちょうど2年。自分には祈ることと、ちょっとした寄付等によるサポートしか出来ない。でも、自分には大きなことが出来ないからとやめないで、小さいことでもいいのでやっていくことが大切かなと感じる。「思いだしてくれるだけでもうれしい」とTVで言っていた東北おじさんの言葉が重い。聖書の言う「良いことに飽きてはいけない」ということなんだと思う。


どこの研究だったか忘れたが、「人は深い悲しみに合うほど、他人を思いやれる能力が高まる(つまり優しくなれる)」らしい。

優しい人にはなりたいけど、悲しみには会いたくない

多くの人に「優しくなりたいですかと?」尋ねれれば、ほとんどの人がイエスと答える。では、「深い悲しみに会いたいですか?」と尋ねれば、ほとんどの人がノーと答える。優しくなりたいけれど、悲しみはいやだということ。つまり、これは泳ぎたいけど、濡れるのはいやだ、というような理屈だ(苦笑)。でもそれが自分を含め普通の人の感じる素直な気持ちだと思う。

世界の貧しい子供にクリスマスプレゼントを送る

さて、自分は昨年のクリスマスにあるイベントに参加した。それは、生まれてから一度もクリスマスプレゼントをもらったことがない、海外(日本からは東南アジア)の子供達にプレゼントを贈る「オペーレーション クリスマスチャイルド」というイベントだ。

参加といっても1000円ほどのプレゼントを持ち込んで、700円の送料を負担するというだけのことだ。自分が会ったことがないどこかの子供が喜んでくれるに違いない、と想像することしか出来ないけれど、そうだったらうれしいなと思って参加したのだ。自分の出来ることはこんなことぐらいなので。
このイベントで多くのクリスマスプレゼントが集まって、無事に東南アジア(確かインドネシア)に贈り届けることが出来たという報告を最近聞いた。

寄付を必要としいてる東北からの寄付が多い

見ず知らずの子供たちにプレゼントを贈る人がまだまだたくさん日本にはいるんだという驚きがあったが、一番驚いたことは、その集まったプレゼントの4分の1が東北の人々からのものだったという事実だ。本当ならちょっとでも多く支援を受けたいと思っている立場の人達が、自分よりもっと不幸な子ども達のために役に立ちたいと思っていることが凄いなと。

悲しみが優しさに昇華する

深い悲しみというものは無いほうが良いと自分も思う。でもそういう深い悲しみの副産物として優しさが生み出されるとするならば、悲しみはただの悲しみで終わらない。東北の人々は日本で一番、いや世界で一番優しい人達になったんだと思えてならない。

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