Macintoshの誕生と自由に生きるということ

あなたが世界最高級のホテルに招待されたら?

想像して欲しい。あなたは、世界最高級のホテルに招待されたとする。
スイートルームに宿泊でき、ジムやプールも自由に利用することが出来る。
最高級の食事も用意されている。
病気になれば医者がすぐに観てくれて、必要があれば手術だってしてくれる。
そして、全ての費用が無料である。
こんな夢のようなオファーを断る理由はない。

でも、このホテルを利用するには1つだけちょっとした条件がある。
一度このホテルにチャックインしたら、二度と出ていくことが出来ないというものだ。
さて、あなたはこの招待を受けるだろうか。それともやめるだろうか。

自由を失う意味

もしあなたこの招待に躊躇するとすれば、その理由は”自由”を失うという恐れからだ。
このホテルというのは動物達にとって、動物園や水族館に当たる。
数日前には東山動物園からサルが逃げが、まだ見つかっていない。
この夏に旭山動物園でフラミンゴが動物園から飛び立ち、未だに帰ってこない。
さらに前には葛西臨海水族園からペンギンも脱走している。

彼らはなぜ最高級のホテルから出て行ったのだろう。
外界では、餌がとれずに餓死するかもしれない。
または自分が敵の餌になって食べられてしまうかもしれない。
脱走したフラミンゴはこの冬の北海道の寒さに耐えられず、凍死することが懸念されている。

それでも自由が欲しいのだ。

自由=生きること

自由というのはリスクを犯してまで手に入れたいと思う強い欲求を起こさせるものなのだ。
「選択の科学」でこのことを書いたシーナ・アイエンガー教授によれば
”自由”というのはさまざまなことを自身で選択出来る環境のことであり、
選択し続けることこそが生きることなのだと言う。

人は果たして自由を手にしたのか

1984年、Macintoshの誕生。

ジョブズいわく、コンピュータというのはIBMの大型コンピュータのことであり、軍部や大企業など一部の特権階級だけが使用できるものであったが、Macintoshの誕生によって人類をその束縛から解放させた。
Macintoshによって人類は自由になるのだと。ジョブズのコンセプトによってMacintoshが生まれ、
我らはMacintoshを選択し、Macintoshを用いて日々多くの選択を行なっている。

これこそが自由ということであり、生きるということなのだ。

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