《切れる人》過剰な期待とゆるい期待。期待しすぎると世の中面倒です。

過剰な期待が切れる結果

質の高いサービスを要求する社会

最近、クレーマーや、切れる人が増えたように感じます。

正直、ちょとした待ち時間が我慢できなくなってきている自分がいます。これはネットの影響なのか、食べ物が脳に影響をあたえているのか、それとも気温のせいなのか。原因はわかりませんが、心がちょっとギスギスしている感覚があります。

以前からこういう人がいたけれどSNSで叩かれて露出が増えたので、自分が多く感じているだけなのかもしれません。

ただ、切れるというのは、客として店員や店に質の高いサービスを期待し過ぎているのか、または質の高いサービスを受けることを当然と考えている結果なのでしょう。
 

米国はゆるい社会

米国の労働環境は日本と比較するとかなりゆるいと思います。オフィス内でものを食べたりしながら仕事をしたり、社員同士が世間話をしているのが普通です。これはお店でも同じ感じで、店員同士が客そっちのけで話をしていたり、自分の休会時間になれば接客中でも休憩に行ってしまうようなことが多々あります。

客を放っておくとはどういうことだ!と日本なら客に切れられそうですが、社会全体がそんな感じなので、ま、しょうがないかという考え方です。

もともとサービスに過剰な期待を持っていないので、切れる客というのは見たことがありません。

米国に切れる客はいなくても、無理難題を言う客はいます。数ヶ月も履き古した靴をもってきて、足にあわないので返品したいというようなことを平気で言ったりします。こういうお客をどう扱うかはケースバイケースでマネージャーの力量によって対応がかわります。ただ、客が切れて恫喝するようなことはないので、穏便に自分が有利になるように交渉するだけです。

 

韓国の大統領と日本の総理大臣への国民の期待

韓国の大統領は弾劾されて捕まるケースが多いようです。一方で日本の総理大臣が捕まることは大変異例(田中角栄が巨額の賄賂で逮捕されましたが)です。

韓国国民は常に政権に清廉潔白な高い期待を持っているので、政権のちょっとした不正でも切れ安く、それがデモ活動が盛んにさせているのでしょう。

一方日本は、日本の政治なんてこんなもんだろうというゆるい期待しかしていないので、切れる国民はほとんどいないし、あってもちょとしたデモ活動で終わります。

高い期待とゆるい期待、どちらが幸せなのか。ゆるいほうがらくちんであることは間違いありませんって。
 
 
 

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