<第三話>仰天!大ヒット製品で赤字転落

PowerBook 2400のG3カードがリリース

 前回1998年の話しを書いた。この年日本でもNewerのアップグレードカードが大ヒットしたのを覚えている方も多いかも知れない。夏にリリースされたPowerBook 2400のG3カード。そしてその後リリースされたPowerBook 1400のG3カードだ。

 このころNewerではアップグレードカードは社内で製造しておらず米国の下請けメーカーに外注していた。これはG3カードがあまりに売れたため社内での生産ラインではまかないきれなくなったためである。しかしPowerBook 2400用と1400用のカードは特別で、日本のIBMにて製造されることになった。

日本のIBM社にて製造決定

 私はこの1400、2400用のアップグレードカードを通してIBMのエンジニアやマネージャーの方々と仕事をさせて頂いたが、こてこてのPCメーカーでありながら、マックに対する知識が深く、エンジニアとしての技術も優れ、また仕事の進め方が合理的で、人間的にも謙虚で大変気持ちの良い方々であった。これは社風なのか、対アップルグループだけのことなか正確なところはわからない。

 で、なぜこの1400、2400用のアップグレードカードをIBMで作ることになったのかは長くなるので後日書くことにするが、この製造のための資金が問題であった。 製造をI社に御願いすることに決まったのが98年の3月。IBMの方とは1月のサンフランシスコのMacworld Expoで会い、その後とんとん拍子(というかI社の方々の一方的な努力によって)で話がまとまった。そして2月のMacworld Expo 東京での出展で来日する機会に、社長ジェームス・ウィービーと販売部長のジェフ・ヘデレスキーがIBMのオフィスに訪れ、最終的な打ち合わせを行った。そしてこの日本での打ち合わせで、製造代金の支払い方法についてもめることになった。

 当初このカードの製造を担当するチーム(これはなんとPowerBook 2400をつくったチームなのだが)のマネージャー曰く”米国のCPUの卸元B社のお得意様なので、パーツ代、製造代はつけで支払い可能ですよ”ということだったのだが、いざ日本のIBMで打ち合わせをしてみると、IBMの会計部門が米国のNewerという小さな会社に対して与信が出さなかったらしく、前金での支払いが必要ということになってしまった。

数億円なんて前金が用意できない...

 この当時Newerは億単位の前金を用意することは不可能であり、さすがにこれには社長もがっかりしていた。しかしこの製品は熱狂的な日本のPowerBook 2400ファンが待ちこがれている製品で、商品化できれば大ヒットは間違いなかった。なので是が非でも製造したい。

 この時点でNewerはIBMをあきらめ、つけが効く米国のメーカーで製造するという選択肢があった。しかしそのためには、基盤の再設計をしなおさなくてはいけない。IBMの基盤の製造技術は高度であるため、他社で同じ基盤を製造出来ないのだ。再設計は時間がかかる。アップグレードカードは”なまもの”だから、人気があるときに製造しないとすぐに”腐る”。アップルが新たらしいPowerBookをリリースすれば、多くのユーザーはそちらに流れてしまう。また、日本の競合アップグレードカードメーカー・インターウエアで同一カードの開発が進んでおり、近い将来販売が始まるといううわさがあった。アップグレードカードは時間との勝負でもある。なのでNewerでは商品化まで最短の方法、つまりIBMでの製造を選択せざるをえなかった。

Nupower 1400と2400は即座に完売!

 問題はどう製造代をやりくりするかだった。Newerの会計部門がいろいろと算段したが前金ではキャッシュフロー不足なのが明かだった。そこでIBMと交渉に交渉を重ねた結果、CPUやバックサイドキャッシュなど主要なパーツはNewerがつけで米国で購入して日本に送り、製造代金は完成した製品と交換で支払う(COD)ということで合意するに至った。そしてオーダーを4月頃に入れることが出来た。キャッシュフロー限度分、2400を3000本、1400を5000本製造したのだ。そして完成が夏、確か7月であった。製造された2400用のG3カードの95%を日本向けに出荷し、発売直後に完売。1400は米国、日本、欧州に出荷し、これもほぼ一瞬で完売した。

 PowerBook用のアップグレードカードはデスクトップ用に比べて小さい分だけ製造コストがかかり、その分定価が高くなる。定価が高いということは販売上不利なように思われるが、売れさえすれば利益が大きくなるというのがメリットになる。つまりPowerBook用アップグレードカードはうまみのある商品なのであった。この当時でNewerではPowerBook用のアップグレードカード1本あたり3万円から4万円の利益を取っていたはずなので、単純計算で2億円から3億円の利益が一瞬で稼げたことになる。パーツ代金もIBMに支払った製造代金もすぐに回収する事が出来き、キャッシュフローもほとんど滞ることはなかった。これには会社上げて万々歳だった。

追加生産で大量に在庫を抱え、大赤字

 しかし、重大な問題がこの後発生したのだ。追加の発注である。前に書いたがアップグレードカードは”なまもの”である。出来た時が売り時でそれからどんどん鮮度が落ちていく。そのため、製造する数量というのは売り切れる程度を作るのが基本だ。少なすぎては十分な利益が取れないし、多すぎると売れ残る分のコストが無駄になる。

 で、この1400と2400用アップグレードカードが完売できたのは良かったのだが、完売から1カ月でバックオーダーを1000本以上抱えてしまったのである。これだけニーズがあればまだまだ売れると踏んで、追加生産が決定されたのだ。 Newerでは通常デスクトップ用アップグレードカードのリードタイム(生産から納期までの時間)は約1カ月前後であったが、IBMの場合は最短で2カ月、輸送その他を入れると2カ月半から3カ月となっていた。これはIBMの生産が遅いのではなく、1000本や2000本というIBMにとって”小さい”生産数量のためにラインを確保するのが大変だったためである。生産自身は1日もあれば十分だったはずである。ただ、米国の外注メーカーのように”明日作ってね””了解です。”という具合に柔軟ではなかったのである。 で、このリードタイムを考えるとそう何度も生産を行うことができない。つまり、少量生産を複数回行うのは難しい状況だった。であれば、数カ月分の予想受注量を一度に製造して、今回の追加生産で製造打ち切りにしようと考えるのは不思議ではない。

で、PowerBook 2400用のカードを2000本、1400用のカードを5000本という追加のオーダーをIBMに入れたのである。 ところが、需要を完全に読み間違えていた。

98年11月頃に製品が出来てきたときにはすっかり市場が冷めており、追加生産した約半分の3000本が在庫としてN社の棚にどっさり残ることとなった。コストベースで1億円以上、定価ベースで3億円以上の在庫である。初回の生産分で上げた利益と同等、またはそれ以上の在庫を抱えてしまう結果となった。好景気一転、大赤字に転落となったのだ。

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