<第九話>不要!読まれない書類

仕事をしないだけではない上司

 Newerに新しく就任したディレクタージム・ダナタリー。彼が仕事をしないせいでこちらの仕事が滞ってしまうという話を先週書いたが、これは彼の問題の1つに過ぎなかった。 彼は就任早々、部下の管理名目でいろんな書類を部下に要求した。業務達成表だとか、来期の目標だとか、現在の業務内容の問題と取り組み方とか、その手のレポートである。しかもその周期が早いものでは毎週、遅くても毎月とか毎期に要求されるのである。こう頻繁であると相当な労力を消費する。

読みもしない報告書を要求

 レポートの作成自身は私はある意味で賛成だった。きちんとした業務達成表があれば、それをもとに毎年年棒交渉ながスムーズできるわけである。しかし問題はこのレポートの要求にあったのではなく、彼自身にあったのだ。彼は部下に要求して提出させた書類を全く読まなかったのである。部下が忙しい中、数時間割いて作った書類を何も読まれずしまわれることのむなしさと言ったらとても表現できない。彼は形だけの管理をするために部下にそんなものを作らせていたのだ。これは彼の処世術で、こういった書類をもとに部下をシステム的に管理しています、感覚的に管理をしているのではありません、なんてことを上司や社長にアピールするためにやっていた。彼は後日ちゃんと読んでいると主張していたが、読んでいないことは明かだった。部下に業務報告書を提出させておきながら、ふと”今君はどんな仕事をしているのかな”なんてことを平気で聞いて来るのだ。こんなことが数度続いて私はいい加減頭にきて、”業務表に書いてありますけど、読んでいないんですか”みたいな嫌みを言ってみたりした。

 ある日彼が得意気にどこか管理職のノウハウ本からそのままコピーして来た表(たしか部下に効率的に仕事をしてもらうためのなんとかというような資料だったと思う)を配ってその表を完成させて明日までに提出するように要求してきたので、”この表何を求めていて、完成することでどんな効果があるのか、皆にわかるように説明してください”と私はNewerのメールの一斉同報で配信したのだ。こういう実態のない管理について彼の上司は社長にも知って欲しいと思ったからだ。このメールの直後、同じ部門の同僚から”よくぞ言ってくれた!”と励ましのメールがたくさん届いたのだった。皆もおかしいと思っていたのである。

ものごとの本質を見ない

 他にも彼の困ったところはあった。彼は見た目で物事を判断し、深いところを知ろうとしないところだ。例えば、彼がNewerに就任した当時、私はたまたま東京のマックワールドに出張中であったのだが、帰ってきて出張費の請求の時に一悶着あったのだ。彼曰く、出張期間をもっと短くできなかったのかとか、これは誰と食事をしたのかとか、なぜこのホテルに泊まったのかとか、日本で買ったマックの本は経費にできないとか、まー事細かに文句を付けてき来たのである。本当に仕事が出来るディレクターは部下を信用していて、部下が考えて使った経費は大筋認めるもので、乱用しているとか、流用しているとかそういう可能性がある場合にはとがめても、その他はそれほど大きな出費にもならないのだから承認するものである(そんなことに時間を使う彼の時給のほうがよっぽど高いはず)。

 他に気にすべきこと(日本のマック市場の話しとかマックワールドの内容とか)がいくらでもあるのに、出張費の細かいところに目をつけるのは彼が指摘出来るものはそれぐらいで、その他の難しいことが指摘できないという能力の無さを示しているためなのだ。結局その後の仕事でもどうでもいいところに神経を使い、本当はもっと考えて欲しいところをさらりと流すという仕事ぶりであった。

 しかし、こんな上司でも米国での上司の権限は絶対である。日本の上司と違い、米国の上司には部下をクビにする権限が与えられているのだ。彼が私の業務態度が気に入らなければ、私をいつでもクビにする事ができるのだ。そのため上司に面と向かって刃向かうわけにはいかなかったのだ。しかし一方で刃向かわないと仕事にならない。こんな上司の下にいては、上げられる業績も上げることが出来ない。どうやってこの事態を解決したらよいのか。 そして考えに考えた末に、私はこの事態を解決するために1つの提案をNewerに対して行ったのだ。

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