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<第八話>邪魔!仕事の妨害をする上司

新ディレクターの仕事ぶりが

 前回はNewerに新ディレクターが就任してきた話しを書いた。

 米国の会社組織は会社の大きさによって様々ではあるが、構造は日本の会社と大きな違いがあるわけではない。会社にいくつかの”部門”(例えば、営業部門、会計部門、技術部門、製造部門などなど)があって、その中にいくつかの”課”があって、その下に担当者がいて仕事をしている。日本の場合、部門の一番の責任者を部長、課の一責任者を課長と呼んでいるが、米国の場合、部門の責任者を”副社長(Vice President)”、課の責任者を”ディレクター”、そして実務担当者を”マネージャー”なんて呼んでいる。Newerの場合、副社長は今後の展開や長期戦略を練ったりすることが多く、ディレクターは実務を主に担当して短期的な売り上げを良くするが責任であった。

 ちなみに、私は一応アジア全般を担当する”マネージャー”という役職であったが、これは平社員とほぼ同義語であった。そのため、私には権限はほとんどなく、実質的な権限は上司であるディレクターが持っていた。つまり何かの判断が必要なときはディレクターに許可を取らなくてはいけなかった。 

 それで、この時期に副社長に昇格したジェフ・ヘデレスキーがまだディレクターで、私の上司であった期間、実際の権限は彼が持っていたものの、こまごまとしたことは私が自分で判断し決定するようにと私に権限を与えてくれたのであった。

 これは、大変ありがたかった。私は日本の代理店と仕事をする上で、日本のことはNewerの中で誰よりも良く知っていたわけであり、かつ日本のユーザーのためになることをしたいという思いが強かったわけである。そのため、ディレクターといえども日本市場に対する私以上の知識と情熱を持ち合わせていなかったわけである。米国人の立場では一般的な判断は出来ても、日本独特の商習慣とか、ユーザー心理なんてわからないのである。そのためディレクターであるジェフ・ヘデレスキーは、この事情を見抜き、私の好きなようにしてごらんと言ってくれたのであった。彼の口癖は”(私が)自分で正しいと思ったらまずやってみて、間違ってたら、あとで謝りにおいで”という寛容なものであった。

 しかしこれは口で言うのは簡単でも、なかなか出来ないことである。判断を私に任せるということは、私が間違った判断を下した場合、最終的は責任は彼が負わなくてはいけないということである。私が損失を出すようなことがあれば、彼の首が危うくなるのである。でも彼はそのリスクを負っても、私の力を信用して、日本市場を任せてくれたのであった。こういう心意気に日本人は弱い。こういう信頼関係は彼のもとで一生懸命働くモチベーションになったのであった。

 ところがジム・ダナタリーが新しくディレクターに就任すると状況は一変した。彼はどんな細かいことでも全ての判断を自分で下さないと気が済まない人だったのである。

 例えば日本の代理店からプロモーションの提案などがあると、今までなら、”やってみましょう”とか、”それは止めましょう”という私が数秒でできる判断も彼に判断を仰がなくてはいけなくなったのだ。そして大変だったのはこの承認がなかなか取れないことだった。その当時彼は私だけを管理しているわけではなく、総勢10名程度の部下を見ていたので、彼は常にだれかと会議を行っており、捕まえることが出来なかったのである。私は彼から口頭で承認をもらえないため、提案書を作り承認をもらうやり方に変更した。日本からこういう提案があり、コストはこれだけに対して、これぐらいの売り上げが見込めるので、私は賛成なので、承認を御願いします、なんていう書類を作るわけである。そして、その提案書を彼のメール受けにいれておりたり、電子メールで送ったりする訳である。しかし、その返事がなかなか返ってこないのである。その一番の原因は、彼の仕事量が少なかったためである。彼はどんなに沢山仕事を抱えていても定時に家に帰ってしまうためであった。

お願いだから働いてくれよ〜

 私は特に米国において残業とか長時間勤務に賛成するつもりはないのだが、忙しい時には残業でも徹夜でもしてすべきことはしなくてはいけないと思っている。で、これまでの上司ジェフ・ヘデレスキーは日本人の私がみても働きすぎの部類に入る人であった。朝は8時に会社に出社し、夜は9時や10時まで、奥さんから早く帰ってくるようにという催促の電話があるまで仕事をし続けるのであった。私は定時後午後6時ごろになるとオフィスの人がほとんどいなくなって静かになり、仕事がしやすくなるので、そのころからいそいそと仕事を片づけ始めるのであるが、彼も同様にその時間ぐらいから、個人の仕事を始めるのである。彼の場合は昼間は社長や他の部門の副社長と戦略会議などをしているので、定時後から仕事をしないと何も片づかないのであった。米国人は一般的には定時間外の仕事はしないのだが、彼のように副社長級になると遅くまで仕事をしていることも普通のようである(そういう人だから副社長になれるという言い方もある)。

 で、私にとってこれはありがたくて、定時後になれば誰にも邪魔されず彼にいろいろな相談ができたのである(もっとも私が彼の仕事の邪魔をしていたのであるが。でも彼は嫌がることがなかったところも良く出来た上司だったと思う)。

 ところが、新ディレクターは彼自身の仕事もしないでさっさと切り上げてしまうため、私の仕事が進まなくなったのだ。日本の代理店は仕事柄せっかちである。”例の提案はどうなってますか”と翌日には聞かれることになるのだが、”上司が仕事しないで家に帰るのでわかりません”なんて言えるはずがなく、苦しいうそをつくことがしばしばだった。

 で、翌日に、新ディレクターに議案の承認はまだかと督促すると、そこでやっと目を通し始めるらしく、いろいろと私に説明を求めてくることになる。こちらとしては承認をもらわないといけないので、懇切丁寧に一から説明することになる。しかし、彼はマックのこと、マックの市場のことを全然知らず、その上日本の市場ことを全くわからない訳で、すぐに提案の意図が理解できるはずもなく、ぱっと承認が出ないのである。で、少し考える時間をくれというようなことになるのだが、放っておくと、これまたいつになっても承認をよこさないのである。そのため、こちらからまた催促すると、その議案を持ってきて、これはどういう意味かとか、これはなんでしなくてはいけないのかとか、以前私に聞いた質問を平気でまたして来るのである。これは一度や二度のことではなく、承認をもらうときに常に発生することで、これには温厚な私もいい加減怒って、新ディレクターを飛び越して、彼の上司である(私のもと上司)ジェフ・ヘデレスキーに文句(愚痴)をいいにいくことが何度もあった。

 新ディレクターの文句(愚痴)を言いに行くと、決まって最後には私はジェフ・ヘデレスキーに”以前のようにまたあなたの直接の部下にしてくださいよー。こんな仕事の仕方をしていたら、まとまる話もまとまりませんよー。”と泣きが入るのであった。

 新ディレクターとの闘いはまだまだ続く。

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