kyokucho/宮田健の気分はブルースカイ:第66回 「ディズニー」と「ウォルト」の隔たり

気分はブルースカイ

こんにちは、kyokuchoです。

実は最近blogをはじめました。すでにこのkyokuchoという名義で作っているdpost.jpというコミュニティサイトは運営しているのですが、それとは別に、個人的に思うことをつれづれなるままに書きつづる「dstyle」のほうに力を入れている状態です。連載開始当初、dpost.jpと言うサイトについてちょっとだけ書きましたが、さすがにこの世界はいろんなものがどんどん進化していくようで、いまではほとんど苦労せずにblogを運営することが出来ます。いままでの自分なら全部cgi等をインストールしてたとおもいますがお気軽にNiftyのココログを利用してますんでメンテナンスも簡単。コンテンツに集中できると言うわけです。

このコラムから私の文章を読み始めた人にとっては理解しがたい可能性がありますが、実はこういう口調は苦手だったりします。もし一度上記のdstyle(もしくは、マックメムさんのエイプリル・フール企画)を見に行って頂ければ、いかに私が適当な文章を書いているのかがよくわかるかと思います。ですので実はこのコラムは他のどんな文章よりも時間がかかっていたりするのです。これは、実はkyokuchoというハンドル名をつけたとき「たとえ本人がそうしてなかったとしても、Web上で書く以上、ルールやマナーに反したことは絶対に書かない」と当初考えていたことにも起因します。Web上くらいは聖人でいたいですからね(笑)。ですので、kyokuchoが書くこのコラム上から受ける印象と、実際の私はかなりの隔たりが作られています。

そんなことを思い出すような一言をかのウォルト・ディズニーが発したことがあります。曰く「僕はもう、ディズニーじゃないんだ」。実はウォルトの発した言葉で一番好きな言葉なのですが、この言葉に至るには説明が必要です。

ウォルト・ディズニーは何をやってた人でしょうか、と言われると、なかなか即答は出来ないかと思います。「ミッキーを創り出した」は正解ですが、その後何をしたのでしょうか。実際のところ、ミッキーマウスの短編のほとんどはアブ・アイワークスというアニメータによるものです(以前取り上げたUSJにミッキーが登場?の回でも取り上げてました)。白雪姫もアイデアは出しましたが、実際にアニメーションの原画を描いているわけではありません。晩年になって、ディズニー・スタジオを訪れた子供から「ウォルトさん、あなたはここでミッキーを描いているの?」と聞かれ、自分は描いていないよ、と答えると、「じゃあ、あなたの仕事はなに?」と聞かれてしまったそうで、それに対して「僕はみんなが仕事しているところに寄っていって、みんなに刺激を与えて、みんながいいアイデアを出すことに協力する。ミツバチがミツを集めるみたいにね」と答えたそうです。実際にはウォルト自体にアニメータとしてセンスがあるとは言えないのは確かですが、監督としての能力は天才的だったようです。

そしてその後、ディズニーのキャラクターが有名になり、映画界でもヒットを連発、彼の創り出したテーマパークは盛況となりました。しかし、それらを全てウォルトが一人でやったわけではありません(もちろん、彼の目に触れないプロジェクトは無いと思いますが)。一般に「ディズニー」が浸透した結果、「ディズニー」という言葉がある種のエンターテイメントやファミリー・イメージというような抽象的なもの、そのようなイメージになりました。ウォルトは「ウォルト・ディズニーという言葉はもう一人歩きをしているんだ。この言葉はすでに大衆の中にある一つのイメージになっている。でも僕は単なる人間、酒も飲むしたばこも吸う、だからもう僕はディズニーじゃないんだ。昔はディズニーだったけど。」と言うことを語ったそうです。だから、私もウォルト本人を指す場合には、必ずファーストネームを書くようにしています。彼本人と、彼の創り出した世界は別物、すでに彼のファミリーネームは、「ブランド」そのものになっているのです。これを直感的に理解していたことに、天性のものを感じます。

ウォルトがディズニーで無くなった時、概念としての「ディズニー」が生まれたことになりますが、生きているうちに自らがブランド化したことは、生誕100年を迎えたいまでも「ディズニー」の姿が変わらない一つの要因だと思います。それだからこそ、ウォルトの意志を継いだ後継者が多数いて、最新の作品でも「ディズニーっぽいなあ」と感じることが出来るのではないかと思います。と同時に、この発言については人間、ウォルト・ディズニーが失われた瞬間であるわけで、個人的には切なさを感じます。

そういう意味で、私が目指したいのはkyokuchoという名義を真面目な書き口のこのコラムで引っ張り、いつしかその名前を捨て、「僕はもうkyokuchoじゃないんだ。昔はkyokuchoだったけど」っていう一言でペンを置く、と言うのが理想ですね(と、ここで書いたら意味ないですけど(笑))

では!
(kyokucho/宮田 健)


#前回のプレゼントについてですが、多数(?)の応募ありがとうございました。
 kyokucho的厳正な抽選により、当選は発送をもって代えさせて頂きます。
 くれぐれもノークレームノーリターンでお願いするのと、発送時期は遅くなる可能性が
 ありますので、その点は許してください(目標は年内発送です)

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