【セルジオ氏指摘の補欠制度】米国大学の部活に補欠はいない。いや、補欠にもなれない。

米国大学部活の光と闇

定員の多い部活制度

サッカー界の大御所、セルジオ越後氏が日本の補欠制度は無駄だと指摘しています。

セルジオ越後「若手育成を根本から改めよ」 | スポーツ
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日本では強豪校ともなると100人を超えるような野球部やサッカー部やがあったりします。そのうち試合に出場できるのは20名前後で、その他大勢は1軍のサポートをしたり、試合の応援をするというようなことが多いようです。

特殊なスキルがなければ3年間全く試合に出られないことも珍しくありません。試合に出られれば能力を発揮できるような生徒がその機会を失ってしまうのはもったいないというのがセルジオ越後氏の意見です。

選手としては大したことがなくても、当人が強豪高校の部活を3年やり通したということに満足しているとしたら、それは否定はしません。青春の1ページとして良い思い出になるでしょう。
 

米国大学の部活

米国大学の花形の部活(アメフト・野球・バスケットボール)は定員数が決まっており、希望者が誰でも参加できるわけではなく、コーチのセレクションによって決まります。

セレクションはシーズンの始まる前、1ヶ月間の練習や練習試合などを通してその選手の能力を見ていきます。能力が認められれば選手として選ばれますし、能力がなければ部活に入ることが出来ません。

試合でプレーすることを前提とした人しか採用されませんから、”補欠だけ”という人はいません。「補欠でもいいので部活に入れてください!」というのは通用しません。「来年またセレクションをするから、うまくなって戻ってきてね」と却下されてしまいます。

その点で日本のように誰でも入れる部活よりも、米国のセレクションシステムは冷酷かもしれません。
 

活動に必要なものは大学から支給

セレクションで選抜された選手には、試合用のユニフォーム・練習着・シューズが支給されます。

NCAAの有名校ともなれば、ナイキやアンダーアーマーがスポンサーになっているので、その服やシューズが使いたい放題です。

日本では部活のために部費を出すのが当たり前ですが、米国の大学では全て大学が負担しますから、選手が出費をすることはありません。

昔、日米大学対抗のゴルフ大会があった時、日本のTVのインタビューアーが米国の大学選手に「1ヶ月に使うゴルフ代を教えて下さい」という質問に米国人が「?」となっていました。

日本ではゴルフの用具・ボール・ラウンド代など全部個人負担なので月々3〜5万円も出費しているのですが、その程度の費用だと月に1回とか2回のラウンドしか出来ません(1980年代後半当時)。

一方米国では全部大学負担ですからいくらでもプレーできます。強豪大学では敷地内にゴルフコースを持っているところも珍しくありませんから、練習し放題です。

 

スポーツ選手のメリット

セレクションで選抜された選手は、その大学の顔として活躍が期待されます。そして選抜された選手には通常奨学金が支給されます。また、部活は大学の単位として認定されます。

また、試合後の食事などすべて大学が負担します。学校のつけで食事ができるので、試合後に選手たちは大学のそばのファストフード店やピザ屋などで、食べきれないぐらいの量を注文していたのを思い出します。

聞いたところによると、NCAA一部の大学ともなると、有名選手にコスパの良いアルバイトも斡旋してくれるとか。これはアマチュア選手として大変グレーな部分ですが、事実上の給与にあたります。
 

 

部活は大変

しかし、部活に入ったら良いことばかりではありません。これだけ優遇されているということは、大変な労力が要求されるということでもあります。

例えば基本的に練習や試合をさぼることは許されません。と言っても、日本のような”しごき”はありませんから楽といえば楽ですが。

それから、米国では長時間の遠征があります。他の大学とのアウェイの試合となれば数時間のバス移動もざらです。授業の終わる午後4時ごろ大学を出発して、夜に相手の大学で試合。それからまたバスで長時間揺られて戻ってくるのですが、到着が深夜を超えることも。

そのバスの中では、翌日の授業の宿題をしたり、レポートを書いたりしなくてはいけません。米国の大学はスポーツ選手だからという理由で授業態度を大目に見てくれるわけではないので、普通の生徒と同じことが求められます。

そして、授業の成績(GPA)が悪いと部活ができなくなります。部活ができないと奨学金も出なくなりますから選手たちは必死です。

大学でスポーツ選手でいられることは、運動神経が良いだけではなく、頭もそこそこ良いという証明なのです。
 

まとめ

米国の部活について思い出せることを書いてみました。部活というのは、所変われば考え方もかわるということです。

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